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大人の学びについて

【眠れぬ夜に】手塚治虫先生『火の鳥』不死身の世界について考える

私は手塚治虫の漫画をかなり読んでいますが、意外とメジャーな作品は読んでいません。

鉄腕アトムジャングル大帝、メルモちゃんはアニメで少し見た程度です。

逆に、後期の作品やマイナーなものをよく読みました。特に「ブッダ」、「シュマリ」、「アドルフに告ぐ」、「火の鳥」などです。長編の漫画は、不眠症に悩んでいた時期に特によく読んでいました。

ブラックジャック」や「火の鳥」もその時の愛読書です。

 

眠れぬ夜に

不眠症については、もうあまり悩まないことにしました。眠れないなら寝ない。

れを言うとみんな「おかしいよ」と言いますが、私の人生なので自分のペースで生きています。

そんな夜に読んだ「火の鳥」について話したいと思います。

 

火の鳥」の魅力

手塚治虫の「火の鳥」は非常に有名な作品です。この漫画では、幻の火の鳥の生き血を飲むと、不死身の体を得られるという設定です。様々な人が火の鳥を探し求めて旅をしたり、命がけの行動を取ったりします。多くの人が火の鳥を捕まえようとしますが、ほとんどの人は失敗します。中には本当に生き血を飲んだ人もいますが、その人々の運命は非常に恐ろしいものでした。

 

不死身の恐怖

生き血を飲んで不死身になった人々の話は、私には恐怖を感じさせました。不死身の体を得たとしても、肉体は次第に朽ちていきます。長生きしてもせいぜい200年か300年程度です。

しかし、それを超えると体はどんどん朽ちていき、魂だけが残ります。魂は1万年、2万年、10万年と、永遠に存在し続けるのです。

戦争が起き、人類が滅び、ナメクジが支配する世界さえも見続けるのです。

 

永遠の孤独

体はなくなり、魂だけが存在し続ける孤独は非常に苦しいものです。友達もいなくなり、ただ孤独に過ごす時間が永遠に続くのです。

手塚先生は意図的にこのような恐怖を描いたのだと思います。

若い頃は長生きしたいと思うかもしれませんが、ある程度の年齢になれば自然に旅立つ時が来るのが当然です。

不死身の体は逆に苦しみをもたらすのです。

 

眠れない夜を楽しむ

眠れない夜には、「火の鳥」や「ブラックジャック」などの面白い漫画を読んでみてください。

たくさんの面白い本があるので、眠れない時間を有効に使いましょう。

難しい本を一言一句覚える勢いで読んでみるのもいいかもしれません。

眠れない時間は、やりたいことをする時間と考えて楽しんでください。

 

まとめ

火の鳥」から言えることは、不死身の体は必ずしも幸福をもたらすものではないということです。

 

自然な人生の流れを受け入れることが重要です。

 

眠れない夜は、好きな本を読んで有意義な時間に変えることができます。

自分のペースで楽しむことが、人生を豊かにする秘訣です。

誰と戦ってるの?

忙しさと癒しの休日

週に1回休むか休まないかくらいで、自分の会社を経営していた時期がありました。そのとき、唯一の休みの日には、やらなければならないことや、自分のやりたいことを詰め込んでいました。役所に行ったり、病院に行ったり、美容室に行ったり、マッサージを受けたり、スーパー銭湯に行ったり、友達に会ったり、映画を見に行ったりと、癒されるために忙しい1日が週に1回ありました。

 

その中で旅行にも行ったことがあります。前の晩に出発して、その日、次の日を楽しみ、夜中や翌朝に帰ってくるという弾丸旅行も年に1、2回していました。3連休や4連休を取ることはほとんどなく、本当に休むことが怖かったのです。

 

当時は今よりも精神的に不安定で、ワーカホリックだったのかもしれません。3日4日休むことに対して恐怖感を持ちながらも、常に旅に出たいと思っていました。特にシュノーケリングが好きで、沖縄や伊豆諸島、グアムによく行きました。グアムには2泊3日でよく行き、夜に到着して2日ほど遊び、またその日の夜に帰ってくるというスケジュールでした。

 

海外弾丸ツアーの計画

パリやロンドンにも弾丸ツアーで行ったことがあります。これも自分で計画して、2泊3日で行きました。できるだけ格安で行こうと思い、LCCは使わず、中東系の航空会社(カタール航空エミレーツ航空エティハド航空)を利用していました。中東のドバイやアブダビサウジアラビア経由でパリやロンドンに行きました。待ち時間が長いのもそれなりに楽しんでいました。

 

言い訳をしない生き方

「忙しいからできない」という理由でやりたいことを諦めるのが嫌だったのです。忙しいから海外旅行に行けない、シュノーケリングに行けない、仕事があるからやりたいことができない、そういった言い訳を自分に対してしたくなかったのです。誰に言い訳するわけでもなく、自分自身にです。結局、誰と戦っていたのだろうと思うと、今も私は私自身と戦っているのだと思います。

 

続く自分との戦い

自分の治療院を経営していたときも、仮想敵のようなものを作っていましたが、結局は自分との戦いだったのだと思います。そして今も、違う意味での自分との戦いは続いています。そんな感じで、日々を過ごしています。

 

まとめ

自分の会社を経営していた時期、休みの日も忙しさに追われながらも、やりたいことを詰め込んで過ごしていました。ワーカホリックであることから、長期間の休暇を取ることに恐怖を感じていたものの、旅行やシュノーケリングへの情熱は常に持ち続けていました。弾丸ツアーを計画し、短期間で海外を訪れることで、自分のリフレッシュ方法を見つけていました。

「忙しいからできない」という言い訳を自分に対してするのが嫌で、常に自分の限界に挑戦し続けました。誰と戦っているのかと言えば、それは他でもない自分自身でした。現在も違う形で自分との戦いは続いていますが、その過程で得た経験や学びは大きな財産となっています。

休みの日をどう過ごすか、自分のやりたいことをどのように実現するかを模索し続けることが、自己成長と充実感につながるのだと実感しています。自分の限界を決めず、挑戦し続けることの大切さを改めて感じる日々です。

 

本音を吐き出せる場所さがし

最近、Twitterをやめた。いやもうTwitterという言い方は古いのだろうか?

まぁ私の中ではエックスになろうとワイになろうとTwitterツイッターだ。

フォロワーは微妙な人数の600人ほどであった。

が、あの人が読んでるかも、あの人に読んで欲しいと思っている自分がいる?というようなことを考える自分の自意識過剰さが嫌で嫌で、そんなことならリセットだ!とリセットしてしまった。元々人生リセット癖があるので、そんなに苦でもない。

リセットしたら、しなきゃ良かったと思うのかな?と思ったが全くそんなことはなかった。あぁスッキリ。

 

でも何かしら、アウトプットしたい欲が出てしまう。以前はインターネットラジオで配信をしていたが、それもSNS的要素が強かったため、しがらみが面倒に感じて、今は配信をやめている。Facebookはまだ時々投稿しているが、こう思われるか?これは書いて良いのか?これで大丈夫なのか?と色々考えて全く本音が書けない。

そんなこんなで、本音が吐ける場を設けたい。

そう、昔作っただけで放置していたこのブログを思い出した。

言いたいことがあったら、ここに書こう。